2023年10月 3日 (火)

小諸城 三の門 汚される!

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 何んでこういうことをするのでしょうかネ?

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2022年8月 1日 (月)

8月1日の墓参り

 今日、8月1日は寛保2年のこの日千曲川が大氾濫。
小諸は500人以上、東御は200人以上の犠牲が出た。
千曲川の支流の多くが溢れ山から土石流が押し寄せた。
この鎮魂もあり当地ではお墓掃除とお墓参りが一斉に行われる。
南無阿弥陀仏

墓所では、数百年のお付き合いのお馴染みの皆さんとお会いしてきました。

 

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2022年3月30日 (水)

雷電のマンホール!

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 江戸時代の相撲取り 雷電 、長野県の御嶽海が大関となったことで注目を浴びました。

その雷電の生家は我が家から300mほど離れたところにあります。
雷電のお墓の近くを車で通ると市の職員がなにやら作業中。

帰りに見るとこのカラフルで筋骨隆々の雷電仕様のマンホール!

荒川弘さんの絵のようです!

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2021年8月 1日 (日)

お墓掃除

 今日は早朝よりお墓掃除でした、墓地では久々にお仲間とお会いしてまいりました。

小諸は寛保2年8月1日に戌の満水という土石流・山津波に襲われ500人以上が亡くなられました。

8月1日はその鎮魂で墓掃除・お参りが行われています。

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2020年8月 1日 (土)

戌の満水

8月1日は一斉にお墓掃除です、二か所の先祖の墓を掃除してまいりました。
管理団体が全体をちゃんときれいに清掃していただいており感謝です。

寛保2年8月1日、関東から上陸した台風により千曲川流域は各所で土石流がおき千人以上の死者をだしました。
7月末、一週間ほど雨が続きそこに台風です、昨年の台風19号と同じようなルートで襲われたと思われる。

大阪や中京から台風が上陸していれば千曲川でなく犀川が氾濫したと研究家がおっしゃっていました。
当時大阪の天気を記録された古文書によると大阪に台風はきていないとのこと

当地で 「ここは災害も無く良いところ」という人がとても多いのですがとんでもないことです。
コロナと同じで「俺だけは大丈夫!」という安易というか能転気!
せめて、ハザードマップを見て勉強しよう!

 

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2020年6月 2日 (火)

懐古園 公開開始!

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コロナが一服し、ブルーインパルスの飛行、感激でした。

こちらも閉園を終了し開園した 小諸市 懐古園です。


画像は数年前の春季例祭の画像ですが今年はその例祭も中止でした。

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2018年8月 1日 (水)

土潤溽暑

つちうるおうてむしあつし    酷暑お見舞い申し上げます。

 今朝は、5時半に起床して「お墓掃除」に妻を伴い行ってきました。

生きている我々はご先祖さまのおかげと、お掃除をし線香をたむけてきました。

  南無阿弥陀仏 

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2017年11月29日 (水)

ルーツ探しの旅の終着駅

  家系図を書いて一休みだったルーツ探しの終焉が突然訪れた。
資料は出尽くしたと思っていたが、ひょんなところから超貴重な資料が表れた。

318年前、元禄12年( 1699 )の絵地図にご先祖様の記載があり、そして現在もお付き合いのあるお家の皆さまとも、お隣同士!

平成13年、母の死亡を期して始まった ルーツ探しを終結することにした。

       

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2017年8月 1日 (火)

戌の満水 山津波と墓掃除

今朝は6時起きで恒例の墓掃除と墓参に行ってきました。

 

寛保二年八月朔日は一週間に及ぶ大雨の後に後年「戌の満水」と言われる山津波が起きた日です。

 

千人に及ぶ死人を出し小諸では520人の死者が出たのです。
早朝、町中を流れる二本の川が氾濫し土石流となり町を襲いました。

 

そこで本日は皆で墓参りが行われます。

 

墓所は2ヶ所あり、お墓のご近所と掃除をしながら談笑して帰りました。

 

 

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2017年3月 5日 (日)

季節外れの 戌の満水 と 田切り

 戌の満水で、感じたことが見つかったので記録のつもりで

当地、東御市での戌の満水の様子は当時の上田の問屋日記に記載がある。
10km離れた上田で朝、東から「大変大きな音が聞こえた」とあります、山津波で山の崩壊と思われ、大きな石を含んだ土石流です。
その土石流の跡は現在でも石だらけで耕地にならず石だらけの雑木林として残っています。

ここから5km程離れた小諸も500人を超える死者がでたのですが、水が出た中沢川周辺を見ても大きな石は見当たりません。 小諸城三の門も押し流されたのですが大きな石は見当たりません。
小諸は浅間山の火山灰の体積地なので、元々大きな石は無いのです、この点が東御市の被害と小諸市の被害の大きな相違点です。

小諸周辺には「田切り」と言われる独特の地形があります。
川の周りには田んぼがあり挟むように火山灰の切り立った壁があります。
降り積もった火山灰を川が長年に渡り浸食し本来の地面がでて田んぼとなります。
そして残った台地は水が無いので畑や人家となっています。

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